アスリートの萩野公介さんをお呼びしたOSIRO OWNER SPECIAL INTERVIEW第11弾。
OSIRO OWNER SPECIAL INTERVIEW オシロ株式会社の代表取締役社長である杉山博一によるオーナースペシャルインタビュー。今回のゲストは、2016年リオ五輪の400m個人メドレーで金メダルを獲得するなど、長年にわたり日本水泳競技界をけん引した萩野公介さん。東京五輪の出場をもって現役生活に終止符を打った萩野さんですが、同時期に創設したのがご自身のオンラインコミュニティ「.nogiha」です。萩野さんが現役生活で抱えた葛藤から見出した「泳ぐこと」「生きること」の意味、そして萩野さんにとってのコミュニティを創設した意義についてお聞きしました。
.nogiha 萩野公介さんが2021年に創設したオンラインコミュニティ。「萩野公介とともに幸せな居場所を見つけ、表現するオンライン上のふるさと」をコンセプトに、人と人が得意を生かして力を合わせて助け合い、萩野さんも含むメンバーそれぞれが「目標を見つける場」「夢を見つける場」「幸せを見つける場」をつくっていくことを目的としている。萩野さんとの「テーマに基づいた寄り合い」や美術館やイベントへの参加など、さまざまなアクティビティが用意されている。 2024年11月19日より新規メンバーを募集中。詳細は下記から▼https://nogiha.jp/about
「心のふるさと」のような場をつくりたい
杉山博一(以下、杉山): 今回はお時間をいただきありがとうございます。実は先日、NHKのクローズアップ現代の特集「
#アスリート心のSOS 」で萩野さんが取り上げられている記事を拝見し、涙が出てしまうほど共感しました。そんな萩野さんにOSIROを使ってコミュニティを導入していただいたことを、改めて嬉しく思っています。萩野さんは幼い頃から水泳を始めたからこその葛藤があったと拝見しました。まずはそのことについてお聞かせいただけますか?
萩野公介さん(以下、萩野): 僕の水泳人生は生後6か月から始まり、物心ついた頃の記憶には練習に向かう車の中があるような生活を送ってきました。そのため、自分自身にとって泳ぐことが人生ととても密接に関わりあっていて、水泳がない人生というのがあまりイメージできないと今でも思っています。
泳ぐにあたって、さまざまな想いをもってレースに臨んでいます。例えば優勝したいとか、自己ベストを更新したいとか、オリンピックに出たいとか。1つのレースのたびに、さまざまな想いを持ってレースに臨むことを本当に幼い頃からずっとしていたんですね。しかし、ある時にふと「自分はなぜ泳いでいるのだろう」という気持ちが強くなっていき、一度立ち止まって考えてみたんです。僕は物心つく前から人生の中に水泳がありました。だからこそ、
自分自身が何者で、なぜ泳いでいるのかがわからなくなった時期があった んです。
考えた末に出た結論は、やはり「
自分自身が泳ぎたいから泳いでいる 」という、今振り返るととても簡単な答えになりましたが、その答えにたどり着くのにとても多くの経験をさせていただきました。
杉山: 「自分自身が泳ぎたいから泳いでいる」というのは、一見シンプルでありながらも深みのある言葉だと思います。その真意はご自身のオンラインコミュニティ「.nogiha」に書かれた萩野さんのメッセージからも感じ入ることができます。
萩野: 僕にとって
「泳ぐこと」と「生きること」はとても密接な関係にある と考えています。なので、自分自身が泳ぐ理由を考えると同時に、ずっと「人ってなぜ生きているのだろう」と考えていたんです。それで、先ほど申し上げた通り「人は泳ぎたいから泳ぐ」というのは、やっぱり人は泳ぐことによって幸せになったり、楽しくなったりする。そういうことなんじゃないのかなと思えたんです。それと同じように、
人はなぜ生まれてきたのかを考えると、やはり人は幸せになるために生まれてきた んじゃないのかなと思います。
しかし、水泳人生もそうであるように、日々生きていると良いことも悪いこともあり、根本的な部分を見失ってしまうこともあります。僕自身にも見失っていた時期もありましたし、その時期はとても辛かったです。
.nogihaを創設したのは、そういった人間の根本的に求めるべき「幸せ」のあり方を常に感じられるところ、ある意味「心のふるさと」のような場をつくりたい という思いがあります。
もちろん、僕自身はそれほど大した人間ではないので、世界中のすべての人を幸せにしようといった考えはありません。自分のできる限りの範囲、顔と名前を覚えられて、性格が分かって、一人ひとりのバックグラウンドを理解しあった上で、みんなが「心のふるさと」だと思える場所をつくりたいと思ったのが1番最初のきっかけです。
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引退すると決めたレースの直前にコミュニティを創設した理由
杉山: 萩野さんは17歳の時に出場したロンドン五輪400m個人メドレーで日本人初の銅メダルを獲得するなど、10代の頃からすでに世界中から注目されてきた方です。そのような強いプレッシャーを一心に受け止めてきたのは、大きな喜びをもたらすとともに、本当に大きな辛さがあったのだと思います。そのような中で、 萩野さんが.nogihaをオープンしたのは、東京五輪の直前の2021年のことでしたが、そこにはどのような想いがあったのでしょうか?
萩野: オンラインコミュニティを立ち上げたいという構想はずっと前からあったんです。ただ、現代では「つながり」や「絆」といった言葉に良くないイメージを持つ方もいるため、ためらいもありました。でも、
自分にとって最後のレースとなる東京五輪の舞台では「水泳選手としての萩野公介」も「一人の人間としての萩野公介」も見てもらった上で、レースを見てもらいたい と思ったんです。
.nogihaでは人間のあり方をレコードになぞらえて「A面とB面」と表現していますが、
アスリートとしての僕がA面だとしたら、もっと自分自身の本音をさらけ出せるB面の部分も知ってもらいたい と思いました。自分にとっての最後の東京オリンピックの舞台で、自分という人間を、自分がこれまで歩んできた水泳だけじゃない人生の姿も見ていただきたいと思ったんです。
スタート自体は直前になってはしまいましたが、レース前に.nogihaを立ち上げて、メンバーの方々とコミュニケーションが取れたことが、泳ぐ時にとても大きな支えになりましたね。そして、
コミュニティオーナーである僕が自らをさらけ出した上でレースに出たことは、自分自身が幸せを実感できたと同時に、メンバーの方々にもコミュニティのあり方を示せた のではと思います。自分自身がそういった場が世の中にあったら幸せになれるし、.nogihaに所属してるメンバーの方も同じように活用していただければ、幸せを実感できる場面も必ず増えてくると信じています。
杉山: 萩野さんご本人からそのようなお言葉をいただけて、とても嬉しく思います。僕は30歳を機にアーティスト活動に終止符を打ちましたが、その後2年間はフリーランスのデザイナーとして活動を続けてていました。アーティスト、そしてクリエイターとして8年間活動してきましたが、そこで味わった「孤独」が原体験となり、OSIROを開発しました。
そのため、僕は
アーティストやクリエイター、アスリートの方々の孤独を解消し、活動を継続していくためには「お金とエール」の両方が必要だと考えてOSIROを開発・提供してきました 。もちろん活動の継続にはお金が必要で、同時に孤独を解消するための仲間が必要です。だからこそ、オシロは「人と人が仲良くなる」仕組みをつくることを開発思想としています。僕は
人と人とのつながりを創出することが、孤独を解消し幸福を感じることになる と考えているんです。
萩野: .nogihaのメンバーにはよく「
.nogihaというコミュニティがあるだけで幸せを感じられる 」と言ってもらえるんです。コミュニティを立ち上げた当初は、皆さんお金払って参加してくれてるから、もっとイベントなどを企画しなきゃいけないんじゃないかと考えることも多かったです。もちろん今でもメンバーの方々には楽しんでもらいたいという思いは強くあるのですが、.nogihaとしては無理に干渉せず、だからといって無理に盛り上げるようなこともやり過ぎる必要もないと考えています。むしろ、
メンバーの一人ひとりがいかに居心地よく訪れてくれて、.nogihaという場にいるだけでも存在を認められて幸せを感じられる場、いわば「Be」でいられる場であることが重要 だと考えています。
杉山: 萩野さんがおっしゃる通りで、
私たちには行動し結果を出すことが求められる「Do」の場と存在そのものが認められる「Be」の場がある と思います。Doの場は会社員でいえば職場で、アーティストやクリエイターにとっては創作の場、アスリートにとっては試合やレースの場のような場所です。一方Beの場は家庭やサードプレイスといわれる場になります。コミュニティはサードプレイスの一つですが、
日本の幸福度を向上させる鍵となるのは、サードプレイスにある と思っています。
日本は高度経済成長期を経て先進国に属していますが、国連が行う世界幸福度調査(※)では日本の幸福度はG7の中でも最下位です。日本人はすでに物質的にも豊かで治安もよく、利便性の高い社会を実現できていますが、幸福を実感している人は少ないです。一方で、北欧を中心としたヨーロッパ諸国では幸福度は高い傾向があります。その違いはなにかを考えると、一人あたりが持つサードプレイスの数だったんです。例えば、先進国の中で幸福度が高い国は個人が属するサードプレイスの数は平均4.5個あるのに対して、日本では平均2.5個しかないといわれています。つまり、
日本の幸福度の向上には、いかに一人ひとりがBeでいられる場所を創出していくかにかかっている と思っていて、そのためには.nogihaのような素晴らしいコミュニティが増えていくことが必要だと思っているんです。
※出典: World Happiness Report 2024 萩野: .nogihaというコミュニティを創設した理由の一つとして、自分自身がサードプレイスだと感じられる場所、本当に自分が自分らしくいられる場所がほしいということがありました。参加するメンバーの方々にも、.nogihaという場を僕と同じように感じてもらい、人生で幸せだと感じる時間を1秒でも多く持ってほしいと考えていて、それが実現できれば素敵だなと思っています。
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仕事や趣味で得た貴重な体験を共有し合える関係
杉山: .nogihaがコミュニティとして素晴らしい姿になっているのは聞いていましたが、改めてお聞きすると萩野さんの想いにメンバーの方々が呼応し、温かな場になっていると感じました。ぜひメンバーの方々についても聞かせていただけますか?
萩野: 私たちのコミュニティは決して人数は多くないのですが、
さまざまな業種、趣味嗜好を持ったメンバーが集まっています 。そんな方々がどのようなところでつながりが生まれているのだろうと思う時もあるんですけど、例えばもともとはデザイナーさんだった方で今はお米農家さんをやっている方もいるのですが、毎年.nogihaのメンバーで米づくりをさせてもらっているんです。田植えをメンバーがやって、獲れたお米を精米して「.nogiha米」とラベルをつくって送り届けてくれています。毎年一回のとても楽しみな行事になっていて、あるメンバーは娘さんがスイマーなんですが、その娘さんがお米と一緒に写っている写真をコミュニティにアップして、「お米食べて練習がんばります!」っていうお礼のメッセージがやりとりされているんです。
このように、メンバーがどのようなつながり方をしているのかは、僕自身もよくわからないほど多様化しています。ただ、メンバーそれぞれがお米づくりを体験できたり、精米したての美味しい新米が食べられたりするように、それぞれが自分自身の仕事や趣味などで得た知見を持ちよって貴重な体験を共有しあっているのが本当に楽しく思っています。
自分らしくいられるとともに、自分の好きなことや体験したことを共有し合える関係 になっていますね。
杉山: メンバーの方々が自律的にコミュニティ活動を楽しんでいて、体験をシェアし合うことでより仲良くなっていく。コミュニティとしては理想的な姿になっていると思います。萩野さんはコミュニティオーナーとして運営で心がけていることや工夫していることはありますか?
萩野: 実は皆さんには助けられてばっかりで、僕自身は本当に何にもしていないんです(笑)。ただ、これは現役の時に学んだことでもありますが、やっぱり
自分にはできないこともあるので、人に頼ったり苦しい時は苦しいと言うことはとても大事 だと思っています。コミュニティ運営も初めての取り組みなので、できないことはできないし、みんなの力を頼るところは頼ることを大切にしていますね。
.nogihaではメンバーを「村人」と呼んでいますが、僕自身もまったく偉いわけではなくて、本当に一人のメンバーとしていさせてもらっています。ただ、.nogihaの村長として、コミュニティを少しずつ良くしていきたいという想いは持っているので、メンバーの声を聞きながら新しい取り組みもしていきたいと思っています。
杉山: 新しい取り組みの一つとして、.nogihaのサイトリニューアルと新規メンバーの募集が始まります ね。萩野さんとしては今後どのような展望をお持ちなのでしょうか?
萩野: 実は、僕としてはなにかを大きく変えようというよりも、
.nogihaという居場所が常にあることが大切 だと思っているんです。今コミュニティにいる皆さんはとても心地よく過ごしてくださっていると信じているので、こういったリニューアルのタイミングで.nogihaに興味を持ってくださった方々が入ってくださったら嬉しいと思っています。
なので、コミュニティをどんどん成長させていくという野心のようなものは持っていなくて、
メンバーの一人ひとりの顔と名前が覚えられて、自分のできる限りの範囲で人が集まってくださり、それぞれのB面の深いところでつながっていければ と考えているんです。
杉山: 萩野さんは現在のメンバーと真摯に向き合い、つながりを重視しながら未来へと歩んでいる印象です。オシロ社としても.nogihaがさらによりよいコミュニティになるようお手伝いができればと考えています。最後に、ぜひ萩野さんにお聞きしたいのですが、今後現役、あるいは引退したアスリートの方々をコミュニティで支援していくために、オシロはどのような取り組みをしていくべきでしょうか?
萩野: アスリートの方々がコミュニティを始めてみたいと思った時に、オシロの方々がいかにアスリートに寄り添いつつコミュニティに対する専門的な知見からサポートができるかが大切だと思っています。僕自身もそうであったように、
オンラインコミュニティはほとんどの人が初めて取り組むものだと思いますが、やはりコミュニティは立ち上げの段階がなによりも大事 です。
もちろん、アスリートにはさまざまな性格の選手がいますので、その選手の性格に寄り添ったコミュニティがつくれれば、選手を応援してくださっている方々が集うものになっていくと思います。もちろん、アスリート全員には向かないかもしれないですが、一人ひとりにフィットするコミュニティ設計ができれば、コミュニティを持つ意義が出てくるので、コミュニティに興味を持つ選手は増えてくると思いますね。
杉山: コミュニティという存在がコミュニティオーナーにとってもメンバーにとってもサードプレイスであるためには、やはりコミュニティの設計は非常に重要です。その点でいえば、OSIROでは豊富なコミュニティ立ち上げと運営サポートの知見が蓄積されているので、今後も.nogihaをはじめ多くの皆さまによりよい体験が提供できるよう努力を重ねていきます。本日はありがとうございました!
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萩野 公介 | Kosuke Hagino 1994年生まれ。生後6か月から水泳を始める。小学校低学年から学童新を更新し、中学以降も各年代の新記録を樹立。17歳で初出場となったロンドンオリンピックでは400m個人メドレーで銅メダルを獲得。2016年リオデジャネイロオリンピックでは400m個人メドレーで金メダル、200m個人メドレーで銀メダル、4×200mフリーリレーで銅メダルを獲得した。東京2020をもって、現役を引退した。
杉山博一|Hirokazu Sugiyama オシロ株式会社 代表取締役社長 24歳で世界一周から帰国後、アーティストとデザイナーとして活動開始。30才を機にアーティスト活動に終止符を打つ。その後日本初の金融サービスを共同で創業(2024年上場)。退社後、ニュージーランドと日本の二拠点居住を送るも、天命を授かり「日本を世界一の芸術文化大国にする」という志を持つ。以降東京に定住し、2015年コミュニティ専用オウンドプラットフォーム「OSIRO」を開発。2017年オシロ株式会社設立。