2024年9月29日、コミュニティ専用オウンドプラットフォーム「OSIRO」を導入する「猫町倶楽部」と「文学の森」によるコラボイベントが開催されました。今回は、文学と読書を偏愛するコミュニティによる初のコラボイベントの様子をレポートします。
赤坂のナイトクラブで開催される読書会
今回のイベントは、東京・赤坂のクラブ「EDITION」を貸し切ったリアル会場とオンラインをつなぐハイブリッド形式で開催されました。昼下がりにもかかわらず、柔らかな暖色の照明でしっとりとした雰囲気の流れる店内。隠れ家のような空間には開場と同時に続々と参加者が集まり、80名弱の読書好きが店内を埋め尽くしました。
本イベントを企画した「猫町倶楽部」は、住宅リフォーム会社を経営する山本多津也氏が経営者仲間や後輩とともに2006年から始めた読書会「名古屋アウトプット勉強会」をルーツとしています。その後、初期メンバーも転勤やSNSの活用を契機として、徐々に全国的な読書会コミュニティへと成長していき、2020年にOSIROの導入によりオンラインコミュニティを創設。現在では
年間300回以上の読書会が開催される「日本最大級の読書会コミュニティ」へと成長しています。
「猫町倶楽部」の詳細はこちら▼
https://nekomachi-club.com/about
猫町倶楽部の特徴の一つに、読書会そのものの多彩さがあります。
気軽に参加できる小規模なものもあれば、最大300名が参加する大規模な読書会も。さらに、課題作品にちなんだドレスコードが設けられる読書会、今回のようにユニークな会場での読書会など、遊び心あふれる読書会が日々開催されています。
山本多津也氏
読書会コミュニティ「猫町倶楽部」主宰者。
1965年、名古屋市生まれ。大学卒業後、実家の住宅リフォーム会社を継ぎながら、2006年、名古屋で読書会を始める。SNSを使った発信や独自の活動が新聞、テレビに取り上げられ参加者が急増。現在、読書会は名古屋、東京、大阪、金沢、福岡の5都市で開催され、1年間のイベント数は約300回、参加者数は延べ12000人を超える。著書に『読書会入門 人が本で交わる場所』(幻冬舎新書)がある。
14:00の定刻よりイベントがスタート。オープニングの挨拶には山本氏が登壇。山本氏は、今回のイベントの開催背景や趣旨を紹介し、イベントの流れについて説明しました。
タイムテーブルは以下の通り。
【タイムスケジュール】
14:00 オープニング
14:10 平野啓一郎さんによるミニトーク
15:00 質疑応答・休憩
15:20 読書会
16:40 終了
16:45 懇親会
17:45 解散
今回は、平野啓一郎氏が主宰する文学サークル「文学の森」とのコラボでの読書会のため、課題作品は2024年10月17日に刊行される平野氏の短篇集『富士山』から『息吹』が選ばれました。
平野啓一郎著『息吹』
「かき氷屋が満席だったかどうかで、生きるか死ぬかが決まる人生って、何なんだろう? そういうものなんだろうか? 人の一生って、そういう偶然の積み重ねなの?」
とある夏の日、中学受験を控えた一人息子を模試会場に迎えに行った齋藤息吹は、勘違いから、自分が一時間も早く到着してしまったことに気がつく。時間つぶしに入ろうとしたかき氷店は満席。仕方なく、十数年ぶりに入ったマクドナルドで、隣の席から聞こえてきた気懸かりな会話に、彼はにわかに不安を募らせてゆく。些細な偶然から、間一髪のところで命拾いをした夫の興奮を、戸惑いつつ、安堵とともに受け止める妻の絵美。 しかし、その日から家族の平穏な日常は、少しずつ、「もう一つの別の日常」によって急速に浸食されてゆく。精神と肉体の危機を潜り抜けた先に、家族を待ち受けていた衝撃の結末とは?
▶️平野啓一郎著『息吹』(2023年、Audible)はこちら。
▶︎『息吹』を収録した短篇集『富士山』(2024年10月17日刊行)の特設サイトはこちら。
平野氏による最新作をテーマとしたミニトーク
平野啓一郎氏
小説家。1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。
1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。
著書に、小説『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』、『決壊』、『ドーン』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、『マチネの終わりに』、『ある男』、『本心』等、エッセイ・対談集に『本の読み方 スロー・リーディングの実践』、『小説の読み方』、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『考える葦』、『「カッコいい」とは何か』、『三島由紀夫論』等がある。
オープニングの後、山本氏からの紹介により平野啓一郎氏が登壇。ファシリテーターも「文学の森」のコミュニティマネージャー・岡崎拓実氏にバトンタッチし、ミニトークがスタートしました。
「文学の森」は、活動の中心を平野氏によるライブ配信に置いています。3か月ごとに
「深める文学作品1冊」をテーマとして設定し、1か月目は平野氏が単独で語り、2か月目にはゲストを招待してのトーク、3か月目をその時々の「特別スピンオフ回」として、配信イベントを開催しています。こちらに加えて、隔月で読者(メンバー)のみでのオンライン読書会や、読んだ作品や作家についての交歓を楽しむ場として「本棚」を設置するなど、
平野氏の配信だけでなく、読者が主体的な文学体験を楽しむ場も醸成しています。
「文学の森」の詳細はこちら▼
https://bungakunomori.k-hirano.com/about ミニトークでは、課題作品である短篇『息吹』について、10月発売の短篇集『富士山』における位置付けや執筆の背景、小説の構成意図などについて説明されました。
印象に残ったのはトーク前半。ファシリテーターの岡崎氏から「
『息吹』は読み手としても『自分だったら』と置き換えられるような作品だった」と投げかけられた際、平野氏が『息吹』の内容を踏まえて語った以下の言葉でした。
「読書会に参加している方々は実践されていると思いますが、
文学はテクストそれだけでは完成しません。具体的に登場人物がどういう容貌で、どういう気持ちなのかというのは、
半分は読者が自身の経験をおり混ぜながらつくられていくものです。
2024年11月には『本心』という作品が映画化される予定なのですが、映画化を喜んでくださる声を聞いてとても嬉しく思う一方で、読書人の方々の中には本当のことをいうと『映画はイメージが崩れるから観たくない』と思う方も多いと思うんです(笑)。
それはやはり、
読書体験は自分自身の経験が練り込まれてできあがるものだからではないでしょうか。そういう意味では、私は作品自体が読者の人生に開かれていて、読者の個人的な経験によって、最後の部分が完成されるような形になっているのがいいと考えて小説を書いています」
ミニトーク後の質疑応答の様子。オフライン/オンライン両方でさまざま質問が投げかけられた
平野氏自身が読書会に参加し、読者と意見交換
ミニトークの後、いよいよ『息吹』をテーマとした読書会がスタートします。読書会の開始前には、
猫町倶楽部の読書会ルール「他人の意見の否定をしないこと」がアナウンスされました。
平野氏が上述するように作品の「半分は読者が自身の経験をおり混ぜながらつくられていくもの」であり、当然解釈や意見の相違は少なからずあるものです。しかし、それぞれの意見は尊敬されるべきであり、優劣を競い合うものではありません。そのため、
猫町倶楽部は「他人の意見の否定をしないこと」を厳守し、メンバーの心理的安全性を確保しています。
読書会はグループに別れて少人数で意見交換する方式をとり、それぞれのテーブルには猫町倶楽部の運営メンバーがファシリテーターを担当。リアル会場の参加者には、今回のイベントのために関西や九州から東京に駆けつけた方もいました。
平野氏も読書会に参加し、各テーブルを巡回し著者と読者の垣根を越えた意見交換の場が設けられました。限られた時間のなかでも平野氏と意見を交わしたこともあり、時間が進むごと会場全体の熱量が高まりを見せていきます。1時間強の時間は高密度であるからこそ瞬く間に過ぎ、読書会は終了を迎えます。終わりの挨拶で、平野氏は以下のように謝辞を述べ、イベントを締めくくりました。
「今日はみなさんの読書会の様子を直接お目にかかることができ、とても嬉しかったです。猫町倶楽部のみなさんも、私たち文学の森のメンバーを温かく迎えてくださりありがとうございました。本を読んでいる間、私たちはさまざまなことを感じながら読み進めていきます。それも一つの大きな喜びですが、
普段はなんのつながりもない人同士が、本を話題にするとこうして楽しく語りあえる。これも読書をするとても大事な意義だと思います。今後もこうした場を持ちたいと思いますし、みなさんの活動を心から応援しています。猫町倶楽部のみなさんとも、ぜひまたこのような機会をご一緒できれば嬉しいです」
「猫町倶楽部」「文学の森」コミュニティ運営者からのコメント
猫町倶楽部と文学の森の初めてのコラボイベントは大盛況のうちに終了となりました。最後に、それぞれのコミュニティ運営者から今回のイベントを振り返ってのコメントをお聞きしました。
「猫町倶楽部」主宰・山本多津也氏
コミュニティ運営は外に開かれている部分がないと、だんだんと内向きになってしまいます。 そのため、なにかしら別のコミュニティとのコラボレーションを進めていけば、私たち猫町倶楽部が外からどのように見えているのかを意識できるようになると考えました。文学の森は、私たちと非常に親和性が高いコミュニティなので、今回コラボイベントが実現したことにとても満足しています。
文学の森の活動はライブ配信がメインで、読書会は配信テーマを補助するような位置付けになっています。読書という共通項がありながらも活動内容は異なるなかで、このようなコラボレーションにより、文学の森でも読書会を増やしていきたいという機運が生まれたら私としてもとても嬉しいです。
猫町倶楽部としてもこれを機に平野氏の作品に興味を持つ方が増えたり、さらには文学の森と猫町倶楽部を行き来するようなメンバーが生まれていってほしいですね。
「文学の森」コミュニティマネージャー・岡崎拓実氏(株式会社コルク所属)
文学の森では、平野啓一郎さんによるライブ配信がメインコンテンツで、読書会は猫町倶楽部に比べて実施回数は多くありません。メンバーの方の中には、読書会は参加せず、ライブ配信を聴くだけ参加の方が多いので、読書会に参加する楽しさをより多くの方に知ってもらいたいと思っていました。そのような背景もあり、同じくOSIROを導入していて読書会を活動の中心に据えるコミュニティである猫町倶楽部から、どのようにしたら読書会が盛り上がっていくのか学びたい気持ちがありました。
そういったなかで、OSIROからの紹介で猫町倶楽部につないでもらい、ミーティングの機会をいただきました。それからしばらくして今回のコラボレーションのお誘いをいただき、平野さんの短篇集『富士山』が刊行するタイミングとも合致していたこともあり、コラボイベントを進めていくことになりました。
実際にイベントを開催してみると、文学の森からは参加者の約半数ほどが参加しました。今回は猫町倶楽部の方式で読書会を実施しましたが、ファシリテーターの設定、グループワークの時間や人数など、文学の森とは異なる部分や工夫を知ることができ、非常に多くのことを学ばせていただいたと感じています。猫町倶楽部のみなさまには非常に有意義な機会をいただいたと思っています。ありがとうございました。