読者として文学を読み、聴き、話し、触れることで“じぶんたちの手であたらしい文学をつくり、味わい尽くす”オンラインコミュニティ「
文学茶話」。案内人を務めるライターの山内宏泰さんのナビゲートのもと、最前線でいまの文学を生み出している小説家を招いたイベントを毎月開催しています。
6月13日に開催されたイベントでは、数々の名作を世に送り出し、今なお日本文学界をけん引する小説家の角田光代さんをゲストにお招きしたトークが行われました。今回は、角田さんの深い創作論や読者観、最新刊『
明日、あたらしい歌をうたう』(2026年、水鈴社)の創作背景などが話し合われたイベントの模様をダイジェストでお届けします。
文学茶話
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読者として文学を読み、聴き、話し、触れることで「じぶんたちの手であたらしい文学をつくり、味わい尽くす」ためのオンラインコミュニティ。文学や読書にまつわる情報を、随時お届けし、文学のことを何でも言える・語れる場を用意している。
コミュニティ限定のコンテンツとして下記のような内容が用意されている。(一部抜粋)
1. 文学を「読む」
自分や仲間が日々記す「ブックログ」が随時閲覧可能。読んだ本をふりかえったり、次に読みたい本を見つけられる。文学にまつわるニュースを随時発信する「文学ジャーナル」もいつでも閲覧可能。
2.文学を「聴く」
最前線でいまの文学を生み出している作家をお招きし、リアルタイムで「現在文学史」を紡いでいく文学イベント「文学茶話」を、都内で毎月開催。映像・テキストによるアーカイブも蓄積し、いつでも何度でも触れられる。
3.文学を「話す」
読んだ! と心から言える本を、抱えきれないほどつくるのを目標とする「わたしの千冊」読書会を、毎月開催。部活動として、テーマを絞った自主的読書会も随時開催する。
文学茶話の詳細・入会はこちら▼
https://bungakusawa.com/about
文学茶話 公式Instagram▼
@bungakusawa
本が生き延びるかは「読み手」が決める
DSC09449.jpeg 7.82 MBトークはまず、作家にとっての「読者」という存在をめぐる問いから始まりました。案内人の山内さんから「
作家である角田さんにとって、我々読者はどういう存在なのか」と投げかけられると、角田さんからは「デビューしてから売れなかった時代が長いもので、読者がいるということが実感としてなかなかわからないのです」と意外な本音が語られました。もちろん読者が来てくれると純粋に「嬉しい」と感じる一方で、執筆する前に特定の読み手を想定することは一切ないといいます。
そんな角田さんは、デビューした1990年からの約35年間で、「
本を読むという行為一般が大きく変化したと感じている」と語ります。
「35、6年前は、難しいものがもてはやされたというか、難しいものは面白いものに分類されていました。しかし
この35年の間で、いつしか『難しいもの=つまらないもの』という風に分類されるようになってきたと感じます。そして、割と読書に『正解』を求める人が多くなったな、という印象があるんですよね」(角田さん)
イベントなどでよく「この作品のメッセージはなんですか」と聞かれる機会が増えたものの、角田さんは「小説に一度もメッセージを込めたことはない」と断言します。こういう読み方をしたら正しいのではないか、間違っているのではないかと、読み方の正誤を気にする読者が増えた現代において、角田さんのスタンスは一貫しています。
DSC09647.jpeg 6.58 MB「
小説は、出版されて手元を離れたらもう読み手のもの。10人いれば10通りの読み方があって当然であり、どう読まれてもいい自由なものです」(角田さん)
この確固たる読者論の背景には、角田さんが近年取り組んだ
『源氏物語』の現代語訳という大きな経験がありました。
『源氏物語』が1000年もの長きにわたって読み継がれてきた理由を考えた時、角田さんはそれが作者である紫式部の力だけではないと感じたといいます。
「『源氏物語』を訳す前は、本が生き延びるか生き延びないかというのは、やはり9割くらいは書き手の問題というか、“書き手がどれだけいいものを書くか”にかかっているのではないかと思っていました。しかし『源氏物語』にかかわったおかげで、“いや、そうではない。作者が関われるのは多分、せいぜい2割程度だろう”という結論に至りました。
本が生き延びるか否かの命運は、書き手がどれだけいいものを書くかという問題以上に、それぞれの時代の読み手がどう受け継いできたかにかかっています」(角田さん)
最初は和歌の教科書として、ある時は帝王学として、またある時は嫁入り道具として。時代ごとに異なるニーズや視点で読まれてきたからこそ、『源氏物語』は生き延びました。小説に教訓や正しさを持ち込まず、読み手の自由な解釈に委ねるという角田さんの姿勢は、古典との真摯な対峙を経て、より強固な信念になっていきました。
30年のキャリアで初めて「誰にも頼まれずに」新刊を書いた
DSC09856.jpeg 8.52 MBそんな角田さんの最新刊『
明日、あたらしい歌をうたう』について、山内さんはその読後感を「
驚くほど若々しく、青春の瑞々しさに満ちている。そして、読者との距離がものすごく近い」と語ります。読んでいる間、すぐ耳元から声が聞こえてくるような親密さがあるという本作。そこには、角田さんの30年を超えるキャリアの中でも「
異例の執筆プロセス」が関係しているといいます。
「実は、これは誰にも依頼されずに書いたものなんです。デビュー作は公募に応募したものなので誰にも頼まれていませんが、それ以降はずっと依頼を受けて書いてきました。そんな中で、
この作品は誰からも頼まれていないのに、こっそり自分でコツコツと書いていたもの。それが本当に楽しくて、2年くらいずっと手元に持っていた原稿なんです」(角田さん)
その後、版元である水鈴社との縁があり、「実は誰にも見せていない小説がある」と明かしたことから出版へとつながった本作。一番の違いは、やはり「誰にも頼まれていない、縛りがない」という自由さにありました。
「もしこれが最初から雑誌の連載や書籍化を前提とした依頼であれば、私自身が“この設定は無理があるだろう”、“(使用されている歌詞が)問題になるかもしれない”と自らブレーキをかけ、却下していただろう描写やアイデア、構成があります。でも今回は違いました。縛りがないし、どの雑誌やメディアに載せるとか、出版するとかも決まっていないからこそ、自由にやろうと思えました。
だから、ある意味デビュー作の時のように、“
一生懸命書いて、読んでもらえるかどうかはわからないけれど、とりあえず書いて出してみよう”という感覚と一緒なわけですよね。だから、もしかしたら若々しく感じてくださったのだとしたら、そういうところが共通しているのかなと思っています」(角田さん)
DSC09846.jpeg 10.84 MB長年、第一線で依頼が途切れることなく書き続けてきたベテランでありながら、その要望に「
素直に応え、締め切りを絶対に守る優秀な仕事人」であり続けた角田さん。40代半ばを過ぎ、編集長クラスさえも年下ばかりになってからは、逆に角田さんの方から「お願いだから率直に直して、メモでもいいから言ってほしい」と頼み込むほどのプロフェッショナルとしての姿勢を貫いてきたことも、今回のトークで明かされました。
しかし、そんな
「仕事人」としての顔を持つ角田さんが、あえてその枠組みから一歩外へ出て、自発的な喜びだけで紡ぎ出したからこそ、本作には他にはない特別な輝きが宿っているのです。
音楽が「世界を一変させる瞬間」を、小説という「強固な作り物」で描く
DSC09658.jpeg 11.4 MB本作を語る上で、
外すことのできない重要な要素が「音楽」です。作中にはさまざまな歌詞や音楽が通底しており、山内さんも思わず「
出てくる歌を聴きながら、物語の世界に浸って読んでしまった」と語るほど。
山内さんは、かつて角田さんが忌野清志郎さんの詩集に寄せた解説文のなかで、「
音楽は1小節聴いただけでパッと魂に触れ、それまでの世界をガラリと変えてしまう爆発力がある。そのきらめきや切実感が、聴き手の記憶とともに真空パックされるものだ」といった意味の言葉を綴っていたことに言及します。
角田さんが本作でどうしても書きたかったもの、それはまさに「
世界が一変してしまう瞬間」。映画や小説のように時間をかけて感情を積み上げていく表現とは違い、わずか1小節で聴き手を二度と前の世界には戻れなくしてしまう音楽の凄み。登場人物の環境や閉塞感のある日常を丁寧に描写しつつ、初めて世界に色がついたと気づく瞬間の鮮烈さが、読者の心に強烈な共感と感動をもたらします。
DSC09836.jpeg 10.22 MBしかし、「作者自身の実体験、強い感情が反映されているのか」という質問に対して、角田さんは「実体験はまったく書いていない」と断言します。
「自分の経験や、実際に抱いた感情をそのまま小説にリンクさせてしまうと、どうしてもそこに“私”が入ってしまいます。登場人物をつくった時は自分とは切り離し“
私自身はそうは思わないけれど、このキャラクターならどう行動し、なにに怒るだろうか”ということを徹底的につくり込みます。
小説という緻密につくり込まれた世界のなかに、たった一つでも生々しい『実体験』を入れてしまうと、そこからひびが入って、他が全部壊れていってしまう。私はそう思うタイプなんです。ですから、どれだけ現実にあったことのように見えても、すべては作り物だけで構成しています」(角田さん)
「じぶんたちの手であたらしい文学をつくり、味わい尽くす」ことの大切さ
DSC09548 (1).jpeg 8.66 MBトークの終盤、イベントは会場からの質問用紙にテンポよく答えていく一問一答コーナーへと移り、角田さんの素顔や今後の展望が次々と明かされました。
「新しいことに一歩踏み出す時に大切にしている気持ちは?」という質問に対し、角田さんは大好きな開高健さんの言葉を挙げました。
「
グラスの縁に口をつけたら、最後まで飲み干しなさい」
一度手をつけてしまったのであれば、途中で投げ出さずに最後までやり通す。お酒を飲むときも、創作に向き合うときも、その覚悟を常に心に留めていると言います。そして、その強い覚悟は、角田さんの今後の執筆スタイルにおける「ある大きな決断」にも表れていました。
「これからも今回のように、誰にも頼まれずに書く予定はありますか」という問いに対し、角田さんは驚くべきこれからの形を語ってくれました。
実は、この新刊を書き上げたことをきっかけに、2年前から「
これからはもう連載はしない」と心に決めたのだそうです。これまで30年間、常に締め切りと並走しながら連載を続けてきたキャリアに区切りをつけ、「
これからはすべて、誰にも頼まれていないなかで最後まで自分で書き上げ、それを編集者の元へ持っていく完全書き下ろしのシステムへ移行していきます」と語りました。
「なぜ小説を書き続けるのか」という質問に、角田さんは「書かなくなったら無職になってしまうから、仕事として当たり前のこと」と現実的に答えつつも、最後には「やっぱり好きだから。好きなことを仕事にしたかったから」と笑顔を見せる角田さん。
イベントの締めくくりには、会場で
青山ブックセンターの出張ブースが紹介されました。今回は青山ブックセンターのご厚意から、角田光代さんの既刊から最新刊までを取り揃えた出張ブースを設置していただきました。
DSC09362.jpeg 3.76 MB青山ブックセンターの出張ブース。『明日、あたらしい歌をうたう』のほか、角田光代さんの既刊著書が陳列販売された
今回のイベントは、まさに作家と読者の距離を縮め、文学をより身近で親しみやすいものとする文学茶話のあり方を物語るものとなりました。角田さんが文学の存続について「それぞれの時代の読み手がどう受け継いできたかにかかっている」と言及した言葉は、まさに
文学茶話の創設趣旨「じぶんたちの手であたらしい文学をつくり、味わい尽くす」に一致します。
「文学の担い手としての読者」。私たちはただ読むだけでなく、次世代へと紡いでいく存在であると気付かされることこそ、まさに文学茶話が持つ魅力なのでしょう。
山内宏泰さん
ライター、オンラインコミュニティ「文学茶話」主宰・案内人
文学、アート、写真、伝記などのテーマを多く執筆し、著書に『文学とワイン』『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』『写真のプロフェッショナル』等。
好きな作家は夏目漱石、池澤夏樹、ドストエフスキー、ジョージ・オーウェル等。
Webサイト: 山内宏泰 website
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文学茶話 Instagram: bungakusawa