2019年日本で開催された男子ラグビーW杯での日本代表の快進撃、2022年のジャパンラグビー リーグワン(以下、リーグワン)の開幕など、近年、日本におけるラグビーへの視線は熱を増しています。しかし、ラグビーの認知は増えてはいるものの、競技人口は減少傾向にあり、チームやプレーヤーの都市部への偏重など「地域格差」が顕著になっているのが現状です。
そのような中、リーグワン所属チームで活躍する現役プロラグビー選手でありながら、オフシーズンや試合の合間を縫い、全国の小中学生にラグビーの楽しさを伝える人がいます。クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(以下、クボタスピアーズ)のSO(スタンドオフ、司令塔)、岸岡智樹さんです。
岸岡さんは「ラグビー界における地域格差の改善」を目標に、2021年から47都道府県で移動型ラグビー教室「岸岡式ラグビー教室(旧:岸岡智樹のラグビー教室)」を実施しつつ、OSIROを導入しオンラインコミュニティ「
RugbyHub(ラグハブ)」を運営。リアルとオンラインを超えて精力的に活動しています。
現役のトッププレーヤーである岸岡さんは、なぜ子どもたちにラグビーを教えているのでしょうか。また、岸岡さんは日本ラグビーの未来をどのように見据えているのでしょうか。岸岡さんに聞きました。
RugbyHub(ラグハブ)
小中学生を対象に、ラグビーを通じた人間的成長を促進するオンラインラグビーコミュニティ。切磋琢磨できる全国各地の仲間と出会い、現役選手との交流からモチベーションを高め、多様なコーチの指導を受けながらインプットとアウトプットを繰り返すことで、子どもたちが確実に成長できる環境を提供。また、専門家によるセミナーを通じて、新たな視点や知識を得る機会を設けることで、ラグビーを通じた学びがグラウンド内外の成長につながることを目指している。
詳細・入会申込みはこちら▼
https://rugbyhub.jp/about
自分の「上位互換」のような存在が、ラグビーの道につなぎとめてくれた
DSC07441.jpeg 5.88 MB「節目節目のタイミングで、いつも『もうラグビーはやめよう』って思っていました。僕のラグビー人生は、実はつまづいたり、くじけてばかりなんです」
ラグビー選手としてのキャリアの原点について尋ねると、岸岡さんは朗らかな笑みをたたえつつも、まっすぐな口調でそのように語り出しました。
岸岡智樹選手。高校では大阪府の強豪・東海大仰星高校で3年時に花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)を制し、大学は全国大学ラグビーフットボール選手権大会で最多の優勝回数を誇る日本屈指の名門・早稲田大学に進学し、ここでも日本制覇をけん引。そして、現在も日本ラグビーの最高峰・リーグワンのクボタスピアーズに所属し、2022-23シーズンにはチーム史上初の優勝に貢献した、日本トップレベルのSO(スタンドオフ、司令塔)として知られています。
これまでの歩みを書き連ねるだけでも、岸岡さんがいかにラグビー選手としてのエリート街道を駆け抜けてきたのかがわかります。しかし、岸岡さんが現在に至るまでの道のりは、決して平坦ではなかったといいます。
ラグビーと出会ったのは小学5年生の時。当時、岸岡さんはラグビーだけでなく、剣道や陸上競技などの他のスポーツだけでなくピアノ教室にも通うなど、まさに文武両道な少年時代を過ごしていたといいます。
「ラグビーを始めたのは母からの勧めでした。それも決して強く勧められたわけではなくて、『やってみたら?』ぐらいなもの。しかし、僕が通っていた小学校ではラグビーをしている同級生は一人もいなくて、自分だけがラグビーをやっているという特別感もあって始めたんです。当時の僕は足も速く、勉強もそれなりにできて、クラスの中ではいわゆる『優等生』のポジションにいました。だから、人と違うことをしていればライバルもいないから100%勝てるなって(笑)」
DSC07401.jpeg 6.16 MB当初は、そこまで深く考えずに「遊び」に近い感覚で取り組んでいたという岸岡さん。しかし、まだラグビーを始めたばかりの小学生時代に、最初の挫折が訪れたといいます。
「ラグビーを始めてすぐのタイミングで、チームメイトが僕のクラスに転校してきたんです。彼はチームのキャプテンをするほどラグビーが上手くて、勉強もめちゃくちゃにできる。彼は完璧に、僕の『上位互換』のような存在でした」
同じ土俵で戦っても勝てない、上には上がいる。そんな挫折感を初めて味わった岸岡さんは「小学校を卒業したら、もうラグビーはやめようと思っていた」と振り返ります。しかし、そんな
岸岡さんをラグビーの道へとつなぎとめた存在こそ、チームのキャプテンだったといいます。
「自分が通う予定だった学区内の公立中学校には、ラグビー部がなかったんです。だから、中学生になったら別の部活に入ろうと思っていました。そんな時にキャプテンから、『
学区を跨いで中学校に入り、一緒にラグビーをしよう』と誘われたんです。当時の心境を正確には覚えていないのですが、ラグビーのルールが分かり始めて、ようやく楽しさを感じ始めていた時期でもありました。だから『彼が行くなら自分もやろう』と思えたのでしょう。
ただ、越境通学をするとなると親にも負担がかかります。通学に時間がかかるだけでなく、電車代もかかりますし、帰宅が遅くなれば家族と一緒に夕食を食べることも難しくなります。しかし、親は『しっかりやるのであれば』と入学を許可してくれたんです。そうなると、もうがんばらざるを得ないですよね」
誰かが導き、機会を与えてくれたからこそ、今のラグビー人生がある
DSC07439.jpeg 9.58 MBラグビーに限らず、進学はスポーツを続けるか否かの一つの岐路になります。学校に部活がなければ続けるのが難しく、モチベーションも下がってしまいます。しかし、かつて自身に挫折感を味わせたキャプテンから声をかけられたことにより、岸岡さんのラグビー人生は続くことになります。
「彼が転校してこなかったら、僕は確実にラグビーをやめていたはずです。そう考えると、彼は僕のラグビー人生の中で超重要人物。“
自分が『勝てない』と思った相手から声をかけられたことでラグビー人生がつながって、がんばろうと思えた。” 客観的に聞くと変な話ですよね。でも、それが僕のラグビーの始まりなんです」
しかし、岸岡さんは「中学生の時もそれほど目立つような選手ではなかった」と自身を振り返ります。
「心の中ではずっと『ラグビーって本当にしんどくて、辛いな......』と思っていました(笑)。僕がいた市には、後に高校時代のチームメイトになるような選手たちがゴロゴロいる、全国大会常連の超強豪校があり、めちゃくちゃに強かったんです。僕たちは『このチームに勝つ』と目標を立てて3年間がんばりましたが、結局一度も勝てませんでした」
その強豪校こそ、後に岸岡さんが進学し、全国制覇を成し遂げる東海大仰星高校の中等部。同校は2025年開催の第16回全国中学生ラグビーフットボール大会でも優勝している、中学ラグビー界でも指折りの強豪校として知られています。
同じ市内の私立強豪校に負け続け、泣きながら練習に明け暮れていたという岸岡さん。一方で、岸岡さんは大阪選抜のBチームに選出されるなど、才能の芽は着実に萌芽していました。
「でも、『やっぱり上には上がいる』と。中学卒業のタイミングでまた、ラグビーをやめることを考えていました」
DSC07417.jpeg 6.05 MB中学校3年間で強豪校に勝てなかった
失意の岸岡さんをラグビーにつなげとめたのは、やはり「人の縁」だったといいます。
「顧問の先生が、東海大仰星高校のOBだったんです。その先生から『お前は(ラグビーが)向いているから、あそこ(母校)に行きなさい』と熱心に勧められました。まさか自分がそんな全国レベルの強豪校に進むなんて、ましてやレギュラーになれるなんて、その時はこれっぽっちも思っていませんでした」
しかし、岸岡さんは東海大仰星高校への進学を決めます。そこにはどのような決意があったのでしょうか。
「自分でも当時の心理はよく分かりませんが、どこかで自分の可能性を感じていたのかもしれません。それに、この決断には最初にお話した、小学校から一緒にラグビーをやってきた彼も関係しています。中学に入る際、彼の親御さんたちが『優秀な監督が新しく赴任してくる』という情報をどこからか聞きつけていたそうです。そこから僕も彼の背中を追うかたちでラグビーを続け、3年間叩き上げられました。
そんな風に、周囲に導かれて揉まれながら戦い続けてきたのが、僕のラグビーキャリアです。
決して自分だけではなくて、誰かが導いてくれて、機会を与えてくださった。それがあって、今の僕があると思うんです」
やがて高校、大学、そしてリーグワンそれぞれのチームで日本一の栄冠に輝くラグビー選手へと成長する岸岡さん。しかし、そのキャリアの軌跡を辿っていくと、そこには幾重もの努力と、そして恩師やチームメイトの支えがあって形成されていることがわかります。
「客観的なプロフィールだけを見れば、僕のラグビー選手としてのキャリアは間違いなくエリートだと思います。それは自分でも認めますし、否定しません。ですが、
自分自身の内面が最初からエリートだったかと言われると、決してそうではないんです。そこは強調してお伝えしたいですね」
岸岡式ラグビー教室の真髄は「選手自身の可能性を引き出すこと」
DSC07699.jpeg 4.18 MB岸岡式ラグビー教室の練習風景そのような岸岡さんが、全国の小中学生を対象とした移動型ラグビー教室「
岸岡式ラグビー教室(旧:岸岡智樹のラグビー教室)」をスタートしたのは2021年のこと。早稲田大学を卒業後、クボタスピアーズに加入したのは2020年、コロナ禍による自粛要請により、プロスポーツも大きな打撃を受けている時期でした。
岸岡さんはなぜ移動型のラグビー教室を始めようと思ったのでしょうか。
「当時は練習も試合も中止され、時間だけを持て余している状況でした。この時間をどう使うか。今、自分にしかできないことはなにかと、自問自答していました。
そんななかで、コロナ禍が少し落ち着いたタイミングで、
自分の実績や知名度を有効に活用してラグビーの楽しさを知るきっかけや、ラグビーを続けるモチベーションをつくれる機会をつくれないかと思いつきました。それが、自ら主体となって動くラグビー教室をつくった理由です。
『やりたかったこと』というよりは、将来のために『今、やるべきこと』を問い続けた結果、この形に辿り着きました。紆余曲折ありましたが、今ではこれがベストな形だと思っています」
DSC07521.jpeg 12.45 MB岸岡式ラグビー教室のシグネチャーボール岸岡さんが「将来のために」というのは、現状の日本のラグビーにおける課題意識があります。
「小学生の競技人口でいえば、実は2015年のイングランド大会でも日本代表が活躍したことから微増傾向にあり、2019年大会以降もそれを維持してきました。しかし2024年頃にその波が止まり、直近の1年半から2年ほどで減少に転じていると聞きます」
なかでも、岸岡さんはラグビーにおける「地域格差」の課題に着目し、他人事とは思えない課題意識を抱いているといいます。
「
大きな懸念は、子どもたちの『継続』を支える環境です。2019年にラグビーを始めた小学校の低学年の子たちは、今や高学年から中学生になっています。しかし、ラグビー部に所属している中学生の数は、10年前と比較して約22%も減少しています(※)。僕がラグビーを続けられたのは、一緒にやろうと誘ってくれたチームメイトがいて、導いてくれた恩師がいたからです。もしそんな縁がなければ、僕は絶対にラグビーをやめていました。しかし、
地方へ行けば行くほど、指導者や環境、機会は限られてしまいます」
DSC07706.jpeg 2.9 MB岸岡式ラグビー教室は、いわゆるプロ選手による単発のスキル指導に留まりません。47都道府県を自ら巡る活動の真髄は「
選手自身の可能性を引き出すこと」にあるといいます。
「たった1日の教室に参加しただけで劇的に上手くなるなんてことは、まずありえません。その日だけできるようになって、次の日に忘れてしまったら価値がないと思うんです。僕がやりたいのは、スキルを教え込むことではなく、
ラグビーへの『考え方』や『取り組み方』が変わり、将来的な伸びしろを大きくすることです」
スキルクリニックではなく、単にプロ選手と会える思い出づくりの場でもない。岸岡さんが大切にしているのは「
参加することで将来の選択肢が広がるきっかけをつくること」だといいます。
「環境そのものをつくることはできませんが、ラグビーを続けるためのモチベーションづくりや、ハードルを下げることはできます。現役のラグビー選手が地元へやってきて、目の前でプレーし、一緒にパスを交わし、声をかける。そんな体験を通じて、子どもたちがラグビーをより深く理解し、好きになってくれること。一緒に来場される地元のコーチや親御さんにも『こういうアプローチがあるのか』と気づきを得てもらうこと。その両方を意識し、
将来的に子どもたちの可能性がじわじわと広がっていくような、息の長いアプローチを大切にしています」
※出典:文部科学省『学校部活動の課題・改革の必要性』(2026年2月)より
肩書なく子どもたちと向き合いたい。だからこそ「RugbyHub」というコミュニティをつくった
DSC07600.jpeg 6.24 MB岸岡式ラグビー教室は2025年に47都道府県すべてでラグビー教室を開催し、累計で2500名もの子どもたちにラグビーを指導してきました。「ぜひまた開催してほしい」という声は数多く寄せられている一方で、各地域で教室を開けるのは年に一回がやっと。どうしても物理的な制約が生まれてしまいます。
そのような制約を解消し、教室での体験を一過性のもので終わらせず、ラグビーを継続する支援の場として2023年にスタートしたのが、オンラインコミュニティ「
RugbyHub」です。
「RugbyHubは、わかりやすくいえばラグビー塾ですが、学校や塾の先生のように『1:n』で教える構造は嫌でした。
みんなで集まりワイワイしながら対話ができる相互交流の場、つまり『コミュニティ』をつくりたかったんです」
では、リアルの場である岸岡式ラグビー教室と、オンラインのRugbyHubでは、どのような違いがあるのでしょうか。
「
RugbyHubで最も重視しているのは『言語化』。グラウンドでできないことの多くは、実は頭の中で理解しきれていないことがほとんどです。それに、スランプに陥った時に立ち直るためには、自分の状態を言葉にする必要があります。僕が一方的に教えるのではなく対話で引き出すことを重視しているは、そのためです」
2026年リニューアル版_aboutページ背景画像_グラウンド背景.jpeg 414.96 KBRugbyHubのトップページ(提供:RugbyHub)
言語化する力を培うことは、ラグビーに限らず、子どもたちの学校生活、さらには将来にも活きる素養となります。
「おもしろいことに、言葉に自信が出てくると学校やチームでの発言量が増えます。すると周囲からの評価も上がり、キャプテンを任されたり成績が上がったりと、目に見えて変化が現れてきます。でも、
一番大切なのは『成長した、自信がついた』と本人が実感できること。そうした実感や体験は10年後、20年後に活きる、人としての基礎となります」
岸岡さんが子どもたちと向き合うスタンスは、対話を通じて相手の潜在能力を引き出したり、目標達成を支援するコーチに近いようにも感じます。
「ちょっと歳の離れた友だちくらいに思われているのがちょうどいいかな、と思っています。もちろん、馴れ合いでは得られるものがないので、大人と子どもの間には一定の『超えてはいけない壁』も必要です。一方で、
肩書なく子どもたちと向き合っているからこそ、既存の枠にとらわれない自由な学びの場をつくれていると思っています」
リアルとオンライン両方を使い分けながら、子どもたちにラグビーの楽しさを伝え続けている岸岡さん。しかし、「ラグビーを続けるか否かは、あくまで本人の意志を尊重している」と語ります。
「ラグビー教室もRugbyHubも『いつやめてもいいし、来たい時だけ来ればいい』と伝えています。最終的には来てよかったと思ってもらいたいですが、
大切なのは自分の意志で選んでいるかどうかです」
自分で選ぶからこそ、自分に対して責任が持てるようになる。あくまで子どもたちが自発的に「ラグビーを続けたい」と思えるように、ラグビーをともにプレーし、継続していく支援を続けていく。
最後に、岸岡さんが今後目指すビジョンを聞きました。
「社会貢献や地方創生といった立派な言葉をいただくこともありますが、僕自身は純粋に、全国の子どもたちとラグビーをする時間を楽しんでいます。ただ、大切にしている考え方があります。それは、
ラグビーの『関係人口』を増やすこと。
ラグビーを一度やってみて、その後はファンに戻ってもいいし、大人になってからまたプレーしてもいい。それに今は、コーチやレフェリー、アナリストなど、選手以外のかかわり方にも光が当たるようになってきました。
『ラグビーっていいよね、おもしろいよね』と思ってくれる人を一人でも増やしていく。それこそが、僕の貢献のあり方だと思っています。そのためには小さなアクションの積み重ねが大事で、選手という立場にいる今だからこそできる、泥臭い活動を続けていきたいと思っています」
DSC07587.jpeg 8.56 MB
岸岡智樹さん
「RugbyHub」コミュニティ代表。
クボタスピアーズ船橋・東京ベイ所属。ポジションは10番SO(スタンドオフ)。
10歳のころ、母の提案をきっかけにラグビーと出会い、東海大学付属大阪仰星高校、早稲田大学へ進学。高校3年次、大学4年次に全国大会で日本一を経験。高校3年間勉学ではオール5の成績を収め、文武両道を体現してきた。司令塔と言われるポジションで身につけた状況判断能力、理解力、言語化能力を武器に、SNSやnoteでも多くのフォロワーから高い支持を獲得。「ラグビー界における地域格差の改善」を目標に、2021年から47都道府県で「岸岡式ラグビー教室(旧:岸岡智樹のラグビー教室)」を開催し、2023年よりオンラインコミュニティ「RugbyHub」を創設。
X: @Rug10cham
Instagram: tomoki.10rug
岸岡智樹さんnote
岸岡式ラグビー教室note