SPECIAL INTERVIEW 「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」には、大学、文化施設、企業、自治体など、38団体が参画しています。2023年10月、それぞれの立場を代表する形で、長岡造形大学の福本塁先生、国立アートリサーチセンターの稲庭彩和子さん、石川県の兼政隆志さん、NECの須藤弘康さんが集まり、オンラインによる座談会が行われました。前編ではそれぞれの自己紹介に続いて、「共創拠点」に参画した目的を語っています。(聞き手:オシロ株式会社 藤田愛)
コミュニティ名: 共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点 OSIROサービス導入開始:2023年6月1日 【共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点 参画機関一覧】 大学等:東京藝術大学、東海国立大学機構 岐阜大学、 東海国立大学機構 名古屋大学、京都大学、横浜市立大学、長岡造形大学、慶應義塾大学、国立精神・神経医療研究センター、国立病院機構 東京医療センター 企業等:アトレ、今治.夢スポーツ(FC今治)、インビジ、オリィ研究所、QDレーザ、小学館、SOMPOホールディングス、大日本印刷、NEC、乃村工藝社、ヤマト運輸、ヤマハ、リクルート、独立行政法人国立美術館、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、社会福祉法人台東区社会福祉協議会、一般社団法人プラスケア、一般社団法人岡山障害者文化芸術協会 自治体:東京都、石川県、岐阜県、愛媛県、取手市、浦安市、川崎市、名張市、三豊市
座談会メンバー 石川県 兼政隆志さん 石川県県民文化スポーツ部次長兼文化振興課長 県庁入庁後、税務課、県立中央病院、石川県音楽文化振興事業団などを経て2023年より現職。美術館、博物館、能楽堂が集積する「兼六園周辺文化の森」のイベントから邦楽舞踊、茶道の普及啓発、文化団体の活動助成まで多岐にわたる事業に関わる。また、今年10月より東アジア文化都市2024石川県の事業にも携わる。NEC 須藤弘康さん クロスイダストリービジネスユニット クロスインダストリー事業開発部門 先進DXサービス統括部 バイオセンシング事業開発グループ ディレクター 大学卒業以来営業職を経験。現在ビジネスデザイン職としてNECの将来を担う新事業開発を担当。NECはキャリア採用で3社目。産学連携や民間協業等のパートナリング、NEC保有技術を活用した共同研究等を数々経験。国立アートリサーチセンター 稲庭彩和子さん 独立行政法人国立美術館 国立アートリサーチセンター 主任研究員 ロンドン大学((UCL) 修士修了。神奈川県立近代美術館、東京都美術館の学芸員を経て、2022年より現職。東京都美術館では市民と協働する「とびらプロジェクト」や上野公園の9つの文化施設が連携するラーニングプロジェクト「Museum Start あいうえの」、医療や福祉セクターと連携し超高齢社会に対応するプロジェクト「Creative Ageingずっとび」などを企画。現職では健康とウェルビーングに関わる企画を推進する。著書として『美術館と大学と市民が作るソーシャルデザインプロジェクト』(青幻舎、2018)『コウペンちゃんとまなぶ世界の名画』(KADOKAWA、2021)、『こどもと大人のためのミュージアム思想』(左右社、2022)等長岡造形大学 福本塁さん 公立大学法人 長岡造形大学 造形学部 建築・環境デザイン学科 准教授 博士(工学)。駄菓子屋ハブの店長。「コミュニティデザイン」「都市防災」「まちづくり」「アートコミュニケーション」をテーマに研究や社会実装に取り組む。子どもの生きる力が育つような「原体験」の創出を目指し、人々の活力を生み出す場づくりに没頭中。代表作品は世代をこえて楽しい防災でつながる場づくりが可能な「防災トランプ」、学生作品を通じて空き空間を地域交流の場に変える「MAKINDO(メイキンド)」など。趣味はファミコン収集・駄菓子・海釣り・1日で終わる地域活動。
過日、東京藝術大学社会連携センター特任教授 兼 「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」のプロジェクトリーダーを務める伊藤達矢先生とオシロ株式会社代表取締役社長を務める杉山博一との対談が行われました。タイトルを「孤独・孤立は『コミュニティ』で解決できる」とし、前編では本プロジェクトが誕生した経緯や、OSIROのツールを導入した理由、後編では組織が健やかでいられる秘訣や、コミュニティと幸福度の関係について語っています。 前編 https://osiro.it/news/11788 後編 https://osiro.it/news/11789
前編 「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」に参画した目的
スクリーンショット 2023-10-12 14.46.50.png 2.09 MB (左上)石川県 兼政隆志さん、(右上)NEC 須藤弘康さん (左下)国立アートリサーチセンター 稲庭彩和子さん、(右下)長岡造形大学 福本塁さん ──皆さん、自己紹介からお願いします。 兼政隆志(以下、兼政): 石川県庁の文化振興課に所属する兼政です。文化振興課とはコンサートホールやオーケストラ、美術館、博物館、図書館など、さまざまな文化施設の管理・運営を行う部署です。今年度、石川県が東京藝芸術大学と連携協定を結び、その縁で「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」(以下、「共創拠点」)に参加することになりました。今年は石川県で「いしかわ百万石文化祭2023」(注:「第38回国民文化祭」「第23回全国障害者芸術・文化祭」の統一名称)も開催され(10月14日〜11月26日)、そのレガシーのひとつとしたいと考えています。
須藤弘康(以下、須藤): NECで新規事業開発を担当している須藤です。NECには社会貢献に向けた社会実装とかスマートシティといったキーワードがありますが、私の所属する「クロスインダストリー事業開発部門」は特に5年後から10年後、NECが将来軸として立てつけられるような事業を検討している部隊となります。「共創拠点」では、課題2のテクノロジーというキーワードでの参画と、課題5のウェルビーイングの事業づくりというところで、私どものノウハウや経験、技術などを提供していきたいと考えています。
稲庭彩和子(以下、稲庭): 国立アートリサーチセンターの稲庭です。共創の場形成支援プログラムに育成期間から関わって3年目です。神奈川県立近代美術館、東京都美術館などで20年ほど学芸員をしてまいりました。昨年から国立美術館に着任し、健康とウェルビーイングを主に推進しています。またこの「共創拠点」では、研究課題1のリーダーを務めさせていただいております。
福本塁(以下、福本): 長岡造形大学の福本です。同大学は、ものづくりや表現が得意な子や、得意にしたいと願う子が集まっている、言わばデザイナーを育成する大学です。私自身の専門は「コミュニティデザイン」で、いわゆる目に見えないデザインなのですが、人と人が繋がる場や仕組みづくりを地域活動ベースで長く取り組んできました。
──では、それぞれに「共創拠点」に参画された目的や狙いをお話しいただけますか。 兼政: 自治体というのは、いろんな方にいろんな施策をお届けする必要があります。私たちは文化部門におり、アートを介したコミュニケーションについてさまざまな立場の方の意見、経験、手法を、実例を通して学びたいと思っています。引き出しが多ければ多いほど、住民とも深いコミュニケーションができるのではないかと期待も大きいです。
私達文化振興課では、アートを介したコミュニケーションとして小学生向けにはいろんな施策をやってきたのですが、障害のある方に向けたものは立ち遅れておりまして。今後力を入れていきたいものですから、例えばヤマハさんの「誰でもピアノ」や、美術館で障害者の方がアートを鑑賞する際のアシストなどの実例を直接学べたらありがたいです。
あと、自治体というのは人事異動が多いんですね。文化部門でもそれこそ美術館やコンサートホールに行ったことがない人たちも入ってくる。そういう方にも引き出しを増やしてあげたいと考えています。
──参画すれば、やりたいことを一緒にできるのみならず、気軽に聞いたり相談できたり、情報交換できるのが魅力ということでしょうか。 兼政: そうですね。あと、役所というのは前例踏襲になりがちなんです。以前にやったことを継続していく。それは悪いことではないけれど、新しいアイデアを導入しにくいのです。そういった意味で、全然違う立場で関わっている方々からアイデアをいただけるのは、新しい施策づくりに非常に効果的かと。やはり直接話を聞けるというのはすごく大きいですね。
スクリーンショット 2023-12-11 10.16.23.png 499.7 KB 石川県 兼政隆志さん ──須藤さんはいかがですか? 須藤: 今回テーマになっている「孤独・孤立問題」に関しては、どこの地域にも存在する課題ですよね。これを文化的手法、つまりアート×IT×福祉×医療という観点で解決するというのは、非常に興味ある領域です。
企業には「社会実装」というミッションがあります。NECも最大で10年間、この文化的手法を活用したウェルビーイングの指標づくりからの共生社会の実現に向け、「共創拠点」という場を使わせていただきながら、NECの事業にも結びつけたい。国との連携も含め、社会実装を含めた社会への貢献という観点で僕らは力を出せると思いますし、これは余談ですが、自分自身も10年間やるべきことがひとつ担保されたことに安心感も覚えています。
そのうえで、たくさんのステークホルダーがいらっしゃるこの場は非常に有益で、おもしろいなと。企業単体だと、例えば「石川県さんお願いします」と頭を下げに行き、協力していただいてから、次に美術館にも頭を下げに行ってと、ステークホルダーを一つひとつつくらなくてはいけない。しかし、「共創拠点」には現段階で38団体も参画しており、実証も含めて非常に活用できそうだと感じています。
スクリーンショット 2023-11-17 14.43.42.png 633.52 KB NEC 須藤弘康さん
──稲庭さん、お願いします。 稲庭: 私の所属する国立アートリサーチセンターは、2023年3月、独立行政法人国立美術館内に新たにできた組織で、ミッションは「アートを繋げ、深めて、広げる」。全国に7つある国立美術館を繋ぐハブとしてだけでなく、国内のアート活動全般を繋げ、深め、広げていくことをミッションとして掲げています。このタイミングと重なって4月に「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」(以下、共創拠点)の本格型が始動できたのは本当に良かったなと。まさに国内のさまざまな領域の方々とコラボレーションできるプラットフォームが立ち上がるので、これから活発にそのフィールドを使いながら活動していきたいと思っています。
「共創拠点」のテーマの中心にある「アートを介したコミュニティづくり」については、実は私が一昨年まで勤務していた東京都美術館でアートコミュニケータが活躍する「とびらプロジェクト」というのを始めたのが2012年で、プロジェクトリーダーの伊藤達矢さんと一緒に、約10年間担当してきた経緯があります。
とびらプロジェクト https://tobira-project.info/ プロジェクト立ち上げの経緯 https://tobira-project.info/interview/vol23/ そうした活動に関心をもっていただいた自治体や地方の美術館、博物館などが、国内のみならず、オーストラリア、台湾、韓国、ドイツなどから視察に来てくださり、それぞれの地域で広がりつつあります。その10年を経て、次のフェーズとして私が国立に移ったということもひとつあるのですが、国というレベルでアートを介したコミュニティづくりに取り組み、新たにテクノロジーや医療福祉といったセクターの方々と共創して人々の社会課題に繋げていくようなアート活動を広げることができるのではないかと考えています。
先の活動でも、展覧会やプロジェクトを立ち上げ、自治体や企業と連携することはありましたが、どうしても委託・受託の関係性だったり、ビジネス上のやり取りになることが多かった。でも、この「共創拠点」では、一緒に研究しながら、それぞれの知見を組み合わせて、次の世の中を変えていくようなアクションを実装していける。お互いに考えられる場所があるというのは、とても魅力的だなと思いますし、盤石な枠組みがあることによって共創が着実に進むのではないでしょうか。
スクリーンショット 2023-11-17 14.44.07.png 476.68 KB 国立アートリサーチセンター 稲庭彩和子さん ──福本さんはいかがでしょうか。 福本: 目的は、大学というより個人としてになるのですが、人と人が繋がる場や仕組みというのは地域において大事だと言われるけれど、それを職業として食べていける社会状況ではないんですね。無くなると困るけれど、「誰か頑張ってやってくれるかな」という他人任せな感じがちょっと強い。そういった意味では、今回のAC共創拠点共創の場プロジェクトで、人と人が繋がる場や仕組み、繋げるということを職業として確立するきっかけを生み出したいという思いがあります。
特にアートコミュニケーションという分野は、これまで自分の専門だとはまったく思っていなかったのですが、自分にはスッと心に入ってきた分野だった。さらに最先端の医療、福祉、テクノロジーに携わっている人たちと常に考えられる、没頭できる環境というのは非常に魅力的です。
さきほど稲庭さんが「アートから社会課題に取り組んだ」というようなアプローチの話をしてくださいましたが、自分のバックグラウンドとしては「社会課題からアートに向かった」タイプなんですね。もともと社会問題や地域課題をそこにいる人たち自身で解決していくお手伝いとか、町が元気になる仕組みづくりに取り組みを続けてきました。そして東日本大震災をきっかけにコミュニティの再生を意識するようになり、復旧・復興支援活動に取り組む中で得られた教訓や考え方から、被災地ではない場所も含めた防災・減災コミュニティ形成のプロジェクトを始めました。具体的には「防災トランプ」をつくり、それを活用することで世代を超え、防災について楽しく話し合える場づくりに取り組んできたんです。
そうそう、実はコロナのときに石川版の防災トランプもつくったんですよ。
兼政: それは知りませんでした。今度、防災担当に連絡して聞いてみますね。
福本: あと、各地域で「ぱるた」という地域のパズルみたいな作品をつくって持って行っているのですが、「石川ぱるた」もつくったんです。これは自分たちの住んでいる地域やお隣の地域の外形を実際に手に取ってもらう地域への興味・関心を引き出すきっかけづくりですね。防災トランプの方はオンラインで地域の人たち50人くらいに参加してもらって、その人たちの話をもとにカードをつくった。そういったものの着地、展開の仕方を今後考えていきたいので、兼政さんとはまたあらためてお話しさせていただければ嬉しいです。
兼政: ぜひお願いします。
スクリーンショット 2023-12-11 10.31.01.png 600.88 KB 長岡造形大学 福本塁さん 石川県 兼政隆志さん スクリーンショット 2023-12-11 10.32.27.png 689.02 KB 防災トランプ(緑のものが石川版) 石川ぱるた 福本: 私が防災活動や地域活動に取り組んで強く感じたことは、活動を支援してくれたり、参加してくださる方は、防災トランプの活動であれば、防災意識の高い方が中心で、「防災はめんどくさいと考える方」や「お一人で避難できない状況の方」など、本当に必要な人には活動が全然届いてないという新たな課題です。
どうしようかと悩んでいる折、5、6年前ですが、代官山の蔦屋書店で行われた「とびらプロジェクト」の書籍(
※ )出版イベントに参加したんですね。そこで、とびらプロジェクトに参加した「とびラー」の方々が、地元や住んでいる場所、コミュニティに戻って、とびらプロジェクトで学んだことを活かして活動を始めていることを知り、大きな可能性があると感じました。
※『美術館と大学と市民がつくるソーシャルデザインプロジェクト』 稲庭彩和子 (著), 伊藤達矢 (著), とびらプロジェクト (編集)、青幻舎出版(2018) 人と人が繋がる場や仕組みというのも、これまでの合理的なことを優先した社会の価値観とは違う、「支援をする・される」という二元論ではなくて、凝り固まってしまった壁のようなものを「アート」だからこそとかせるのではないかなと。それで今、どっぷり浸かって取り組ませていただいている状況です。
──その蔦屋書店のイベントで、稲庭さんに初めてお会いされているんですよね? 福本 ええ。名刺をお渡ししたかと。でも、自分が一方的に稲庭さんを尊敬している感じです。昨年(2022年)9月にこの「共創拠点」の会議で稲庭さんを発見して、テンション上がりました(笑)。
稲庭: (笑)ありがとうございます。
福本: いつも大変お世話になっています。もう、稲庭さんに対しては「頑張ります!」としか言えないです。
稲庭: 福本さんがこの「共創拠点」でたいへんな実働をされ、すごい力になっているので、本当に期待しています。
▷【後編】~大学、文化施設、企業、自治体の代表者による座談会~「共生社会をつくるアートコミュニケーション共創拠点」の価値 に続く text by 堀 香織