2026年6月16日、オシロ株式会社のイベントスペースにて、クリエイターエージェンシー・株式会社コルク代表でありコミュニティ「コルクラボ」を主宰する佐渡島庸平さんの新刊『編集者のフィードバック』(クロスメディア・パブリッシング)の刊行を記念したクローズドイベントを開催しました。 『「感想」で信頼が生まれる 〜正論では伝わらない、AI時代の言葉の力〜』と題された本イベントには、オシロのプラットフォームを活用するコミュニティオーナーやメンバーら130名以上が参加。聞き手には株式会社Wasei代表で、同じくコミュニティ「Wasei Salon」を主宰する鳥井弘文さんをお迎えしました。 本レポートでは、AIを活用した新しい執筆の舞台裏から、現代のマネジメントに求められる「ケア」の視点、そして人間関係を円滑にする具体的な手法まで、時代を捉えるお二人によって濃密に交わされたトークの模様をダイジェストでお届けします。
佐渡島庸平さん 株式会社コルク代表取締役社長CEO 2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜(三田紀房)』、『働きマン(安野モヨコ)』、『宇宙兄弟(小山宙哉)』などの編集を担当する。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。株式会社コルク: https://corkagency.com/ X: @sadycork Instagram: sadycork note: コルク佐渡島の好きのおすそわけ コミュニティ: コルクラボ
鳥井弘文さん 株式会社Wasei 代表取締役 1988年、北海道・函館市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。大学卒業後、中国・北京へ渡り日系ITベンチャー企業に勤務し、中国版Twitterと呼ばれる微博(ウェイボー)を中心とした日本企業の中国国内PRに携わる。帰国後は、新しい時代の生き方やライフスタイルを提案するブログ「隠居系男子」やこれからの暮らしを考えるウェブメディア「灯台もと暮らし」を運営。 2014年9月に株式会社Waseiを設立。2019年8月より私たちの“はたらく”を問い続ける対話型読書会コミュニティ「Wasei Salon」を創設し、現在も運営している。株式会社Wasei: http://wasei-inc.jp/ X: @hirofumi21 Voicy: 鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ Substack: @hirofumi21 コミュニティ: Wasei Salon
AIを駆使した著書執筆で直面した、これまでにない「独特の苦労」
DSC00497.jpeg 3.67 MB 佐渡島庸平さん 本の内容に入る前に最初のテーマとして取り上げられたのは、
本書のユニークな執筆プロセスや執筆に至る背景について でした。
本書はもともと、コルクラボのメンバーであった編集者とライターによる、佐渡島さんへのインタビューからスタートしましたが、プロジェクトの途中でAIの活用に長けたメンバーが参画したことで流れが大きく変わったといいます。
過去のインタビューデータをAIに大量に学習させ文章を生成してみたところ、非常に精度の高い原稿が出力されたため、最終的には
ライターを介さず「AIとの協働」へと完全にシフトした という舞台裏が明かされました。AIが目次や細かい小見出しを生成し、それに対して佐渡島さんが口頭で答え、その音声をさらにデータとしてAIに再学習させるというサイクルを約1年間繰り返したそうです。
しかし、
AIを駆使した執筆には「これまでにない独特の苦労があった」 と佐渡島さんは振り返ります。
「ライターの文章は、相手が(自分自身についての)専門家ではないから、『あ、ここ間違いだな』とか『ここは違うな』というのがサクッと直せるんですけど、AIだと間違ってはいないから、『なんか俺の言いたいこととちょっとだけ違うんだよな。合ってるんだけど……』みたいな感じで(笑)。それを直すのはちょっと骨が折れる感じがしました。だから、
AIの文章に自分の方が飲み込まれそうになってしまう んですよね」(佐渡島さん)
一読すると「このまま出版できるのではないか」という水準に感じられるものの、いざ全体をまとめて通読してみると、読者としての読み応えが著しく不足している。加えて、自分自身が入力に関わっているため、出力された文章の内容が先回りして想像できてしまい、どうしても原稿を斜め読みしてしまう怖さもある。そんな問題に直面したといいます。
鳥井さんもこの話を受け「
出力した本人だからこそ、かえって違和感に気づきにくくなるAIの怖さがある 」と深い共感を示しました。
DSC00305.jpeg 8.42 MB 鳥井弘文さん さらに話題は、佐渡島さんがこのタイミングで本書を執筆した動機へと及びました。佐渡島さんは「
ビジネス的な利益のためではなく、自分自身がその時に必要としていることを『言語化』するために本を書いている 」と語ります。
「たとえば、過去の著書である『
ぼくらの仮説が世界をつくる 』(ダイヤモンド社)は、コルクの理念を社員へ伝えるための説明文であり、『
WE ARE LONELY, BUT NOT ALONE. 』(幻冬舎)は、出版ビジネスの主軸をファンコミュニティへと移行させる必要性を社内に理解してもらうためのものでした。
そして今回の『編集者のフィードバック』は、コルク社内における編集者と作家の打ち合わせが、単なる読者の感想(読書感想文)の域を出ていないという課題意識から出発しています。
“プロとしてのフィードバック”とはなんなのかを言語化し、社内マニュアルとして固定化させることが最大の目的 でした」(佐渡島さん)
「関係性の構築」こそが、あらゆるマネジメントやコミュニケーションの最重要課題
DSC00508.jpeg 7.94 MB 執筆プロセスや背景が語られたのち、鳥井さんの問いかけのもと、話は著書の内容へと向いていきます。
まず鳥井さんは「
現代はあらゆる場面において伝え方が非常に難しくなってきています 。言い過ぎればパワハラと受け取られかねず、一方で優しすぎると本質が伝わらないという
『北風と太陽』ともいえる問題に多くの人が悩まされている 。その背景についてどう考えますか」と、現代のビジネスパーソン、特に管理職層の多くが抱える疑問について投げかけます。
この問いに対して佐渡島さんは、自身がかつて講談社で『モーニング』の編集部に所属していた時代の経験を引き合いに出し、当時のコミュニケーションを「ストロングスタイル」と表現し、以下のように説明しました。
「かつての出版界のような強固な職人的社会では、実力がない人間には発言権がなく、力のある先輩や編集者の言葉をただ平伏して聞き、必死にその領域へ這い上がろうとするのが当たり前でした。膨大な数の持ち込みがある強いメディアの編集者は、100分の1の『打てば響くタフな新人』だけを選別すればよく、下手な作品に対して『つまらない』と切り捨てても、組織としても業務としてもなんら問題が起きない時代だったのです。
しかし
現在の社会は、誰もが平等に発言権を持つ時代へと大きくシフト しています。たとえば、親子関係やスポーツ界の指導方法を見れば顕著なように、かつてであれば父親や指導者の絶対的な権力のもとで処理されていた事象が、現代ではハラスメントとして扱われます。このような背景の中では、
正論を突きつけること自体が相手を過度に傷つけ、コミュニケーションの崩壊を招くリスクになります 」(佐渡島さん)
このような変化を説明した後、佐渡島さんは「現在のコルクのように、
限られたメンバーと長期的な信頼関係を築きながら、その中で才能の芽を大切に育てていかなければならない環境において、かつてのストロングスタイルは完全に通用しなくなっている 」と説明します。
また、このようなコミュニケーション観の変化には、自身の子育ての経験も大きく影響しているといいます。
「子どもに対して親がどれほど『正しいこと』を無理やり言って聞かせようとしても、子どもはまったく言うことを聞きません。結局のところ、
子ども自身がその言葉を聞きたくなるような喋り方や環境を親の側が模索しなければならない 。そんな現実に直面したとき、それがそのまま『新人作家や自社の社員に対するアプローチとまったく同じである』という気づきに至りました」(佐渡島さん)
目の前にいる「他者」と真摯に向き合い、相手が受け入れられる形で言葉を届ける。この
「関係性の構築」こそが、現代のあらゆるマネジメントやコミュニケーションにおける最重要課題である という見解が示されました。
『好きで居続けられる能力』こそが、AI時代における人間に残された極めて重要な才能になる
DSC00416 (1).jpeg 2.68 MB ここから話題は
「AI時代において人間にしかできない役割」や「コミュニティを維持するために不可欠な個人の資質」 についての議論へと進んでいきました。
鳥井さんは「AIがあらゆる領域で高度なアドバイスや高品質な出力を提供できるようになるこれからの時代において、人間の編集者やコミュニティリーダーに最も求められるのはなんでしょうか」と問いかけると、佐渡島さんは「
人を好きになって、好きで居続けられる才能 」であると答えます。
「例えば、新人賞や持ち込みの段階で素晴らしい作品に出会ったとき、その瞬間に興奮し、才能を評価することは誰にでもできます。しかし、そのクリエイターが次に本当に面白い原稿を書き上げてくるまでに、2年や3年といった長い年月がかかることは珍しくありません。その
光が見えない期間中、相手の可能性を信じ、熱量を失わずに興味を持ち続けることは、実は並大抵のことではありません 。だからこそ、『好きで居続けられる能力』こそが、AI時代における人間に残された極めて重要な才能になる」(佐渡島さん)
「では、その能力をどのようにして養うべきか」。鳥井さんの問いに対し、佐渡島さんは「
まず、自分がどのような人間や行動を好むのかという『自己理解』を深めることがシンプルかつ不可欠である 」と答えます。
「そのためには、刑事の尋問のように一方的に質問を浴びせるのではなく、日々の何気ない雑談の中で、相手を深く知るための丁寧な問いかけを重ねていくことが重要になります。僕自身、かつては合理性を求めるあまり質問攻めにしてしまい相手を萎縮させていた反省があります。最近ではより
リラックスした雑談の中で、相手との小さな一致点をいくつも発見していくコミュニケーションスタイルへとシフトしています 」(佐渡島さん)
さらに、こうした人と人との「言葉の捉え方のズレ」を客観的に理解するための具体的なツールとして、コルク社内では「
FFS(Five Factors & Stress)理論 」を全社員に導入しているといいます。これは、人間の特性を「拡散性」や「保全性」といった因子で分類するこの理論を用いながら、思考パターンの違いが浮き彫りにするもの。
FFS理論において、
拡散性の高い人は「ルールが細かくと定められた状態」を不自由だと感じ、「保全性」の高い人は、逆に「ルールが明確に規定されていない状態」を不自由だと感じる といいます。
「この違いは、日常の業務指示においても深刻な衝突を生む原因になります。例えば、期限が10日後と設定されている仕事に対して、拡散性のリーダーが『やっぱりなるはや(なるべく早く)でお願い』と指示を出した場合、リーダーの頭の中では1〜2日後を期待しています。しかし、保全性の部下にとっての『なるはや』とは、10日後という絶対的なルールの枠内で、可能な限り前倒しした9日目を意味することがある。このズレを理解していないと、リーダーは『なるはやと言ったのに遅すぎる』と怒り、部下は『指示通り早く出したのに理不尽に怒られた』と深く傷つくことになるのです。
こういった
日常的に多用される言葉の意味さえも、個人の特性によって180度異なる解釈がなされる 。だからこそ、相手が「自由がない」と言ったり、言葉の受け止め方に違和感が生じたりした時には、
自分の基準で判断するのを止め、『どうしてそう思うのか?』を一言丁寧に問いかける癖をつけることが重要 です」(佐渡島さん)
なにかを新しく『変える』のではなく、時代が変わっても『変わらない大切なもの』を見つけ出す
DSC00306.jpeg 10.02 MB イベントの後半は、オンラインおよび会場の参加者から寄せられた多数の質問に答える質疑応答のセクションへと移りました。クローズドな場ならではのリアルな悩みが飛び交い、それに対するお二人の回答からは、実践的なビジネススキルから人生哲学にまで至る、本質的な知見が導き出されました。
そのうちの一つには、本作と絡め「
(佐渡島さんが)これまでに最も手応えを感じた『ベストな感想エピソード』はなにか 」という質問が投げかけられました。
佐渡島さんが紹介した1つ目のエピソードは、佐渡島さんが講談社に入社してわずか1年目の頃、漫画家・井上雄彦さんの『バガボンド』(講談社)の現場での出来事です。作中に宮本武蔵の宿敵となる佐々木小次郎が登場した際、
佐渡島さんは新入社員ながら「この物語の最終回はどうなるのか」という極めて大きなテーマについて、井上さんに自身の感想をぶつけた といいます。
「武蔵と小次郎の二人は、剣の技を極めれば極めるほど、自分たちが見ている次元の世界を同レベルで語り合える他者がいなくなっていく。小次郎は武蔵にとって、その孤独を共有できる唯一無二の存在であるはず。だとすれば、巌流島の決戦で小次郎を斬り殺して勝利した時、
武蔵が抱く感情は、勝った喜びなどではなく、唯一の理解者を失ったという圧倒的な『寂しさ』になるのではないか と伝えたんです」(佐渡島さん)
この時点では、井上さんから明確な返答はありませんでした。しかしその後、作中において伊藤一刀斎が自身の師である鐘巻自斎に勝利した緊迫のシーンで、勝った一刀斎の心にどうしようもない寂しさが去来するという描写が見事に描かれました。佐渡島さんはその原稿を見た瞬間、「
あの時自分が伝えた感想の核心を、井上さんがしっかりと受け止めて、表現の中に昇華してくれたんだ 」と、震えるほどの喜びを感じたといいます。
2つ目は、
『 宇宙兄弟 』(講談社)の作者である小山宙哉さん とのエピソード。物語の核心となる「
We are Space Brothers(俺たちは宇宙兄弟だ) 」という言葉が立ち上がる前後の時期に、佐渡島さんは「
もしこの作品が、作中で『俺たちは宇宙兄弟だ』というセリフが出てきただけで読者を号泣させられるような漫画になったら、それは間違いなく一流の歴史的名作になりますよ 」と伝えたそう。小山さんはその言葉を深く受け止め、見事にその通りの名シーンを作り上げてみせました。
編集者が発した
感想や問いかけが、クリエイターの心を動かし、最高のアウトプットとなって世界に現れる 。その瞬間に立ち会うことこそが、編集者という仕事の本懐であり、最も深い手応えを感じる瞬間である。そんな生の体験が込められた佐渡島さんの語りは、強い説得力を帯びたものでした。
トークの結びとして、佐渡島さんは自身の人生観の変化についても語りました。
「20代や30代の若き頃は、自分がこの世に存在した証として、自らが起点となって世の中を大きく変えてやりたいという強烈な意志を持って動いていました。しかし40代を迎え、より長い歴史や地球規模の大きなタイムスケールの中で物事を俯瞰できるようになった今、自分が少しばかり世の中を変えたところで、大した意味はない。それよりも、
自分に関わるすべての人たちと、ストレスなく心地よい関係性を築き、居心地の良い状態で振る舞いながら日々を過ごすことの方が遥かに重要である と考えるようになったんです。
ビジネスや人生において、
なにかを新しく『変える』のではなく、時代が変わっても『変わらない大切なもの』を見つけ出す 。『もし自分が、長い歴史の中で何かを受け継いだ人間だとして、知らず知らずのうちに先人から引き継いでいる大切なものを、どうやって次の世代へと綺麗に残していけるか』という問いが、今の自身の中心にあります」(佐渡島さん)
AIという圧倒的なテクノロジーが急速に普及する現代だからこそ、私たちが向き合うべき「人間の生々しい関係性の価値」と「言葉の本当の力」を再確認させてくれる、深い思索に満ちた刊行記念イベントは、会場全体の大きな拍手とともに幕を閉じました。
コルクラボ 2017年に佐渡島庸平さんを主宰としてスタートしたコミュニティ。「あなたが好きなあなたでいる」をキャッチコピーに掲げ、SNS・WEBサービスを使ったコミュニティプロデュースなど、コミュニティを運営するために必要な知識、技術を学ぶ。コルクラボは定例会の企画・運営から新規メンバー募集活動まで、運営のすべてはメンバーによって行われている。心理的安全性の確保、熱狂の起こし方、拡大のための施策やデータによるモニタリングなど、コルクラボ自体をコミュニティの研究対象と捉えて、運営している。https://lab.corkagency.com/
Wasei Slaon 2019年8月に鳥井弘文さんが創設した「私たちの“はたらく”を問い続ける対話型読書会コミュニティ」。コミュニティ内限定のブログの発信や読書会を中心としたイベントの開催、Podcastの配信など、それぞれの価値観や哲学を共に語り合い、他者とゆっくりと対話をしながら、「私はどのようにはたらきたいのか?」「どのように暮らし、これからの時代を生きていきたいのか?」を自らに問いかける場として、少人数制の対話型コミュニティとして活動している。https://wasei.salon/about